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sabion’s diary

自分を知るためのブログです。

十二人の怒れる男と密室劇に惹かれる理由

僕の知る限り密室劇の最高峰と思う。

後半失速する感はあるが、この作品に匹敵するものを他に知らない。

 

あらすじは

殺人事件の裁判後、死刑確実視の被告人の罪を判定するため、12人の陪審員が会議室で話し合う。全員一致で有罪の意見かと思いきや、1人だけ無罪を唱える男がいた。

そして彼の意見を聞く陪審員たちが、ひとり、またひとりと無罪に意見を変えていき最終的に全員一致で無罪判定へと終着するまでの話。

 

なぜ僕は密室劇が好きなのか?

密室劇は1つの場所で物語の全てが進行するというその定義からして、ほぼ登場人物の会話だけで成立している。

映像が代わり映えしないという制約を作ることによって、会話だけで鑑賞者の注意を引き続けるにはその内容に強力な魅力が必要となる。

 

どうやら僕は「会話だけで魅力ある物語を成立させている」ことが好きなようだ。

別の言い方をすると「限られた条件下で最大限の力を発揮する」こと。そこには優れたアイデアや入念な準備が必須。

僕が4コマ漫画を好きなのもそういうことだと思う。4つのコマしかないという条件下で、どれだけの表現ができるか。そこにはその人の才能が顕著に現れる。

 

つまりは、優れたアイデアに触れて閉じた目が開くような、世界の認識の仕方がブラッシュアップされる清々しい感覚を味わいたいからなのだ。

 

 

 

 

創作宣言

僕にできる創作は漫画だと思っている。

 

人々をわくわくさせ強い影響を与えるものを作りたい。

初期ドラクエのような没頭と熱狂と行列。

スト2やバーチャのような熱狂。

エヴァのようなシンクロ。

ダウンタウンのような圧倒と爆笑。

稲中のような先端性と爆笑。

 

僕が熱中したこれら創作物をモデルにして、その熱狂を再現したい、僕の描く漫画で。

作るぞ!

僕の好きな言葉、何度も

映画監督、小津安二郎

「どうでもいいことは流行に従う。重要なことは道徳に従う。芸術は自分に従う。」

水平方向への精神病理学、松本卓也

人間は基本的に「思い上がる」ものらしい。

神とか父とか権威的なものを志向する垂直方向への志向性。他方、隣人、共同体に属する仲間たち、世界に暮らす人々へと関心が向く水平方向への志向性がある。

この上と横への志向のバランスが取れていないと人は不調をきたすという。

 

分裂病の人間は、過度に垂直方向へ伸びている。分不相応の力があると思い込み現実にぶつかり墜落する。ここで病が発生する。

その治癒や予防には水平方向へ関心を向けさせることが必要性になる。平たく言えば、普通になること、凡庸や無力を受け入れること。

エヴァを観返している。2話

1話に続き2話の構成も素晴らしい。

エヴァ初号機が使徒にやられたと思わせといての圧勝映像は気持ち良い。

そう、2話は特に鑑賞者を裏切るパターンを繰り返し使っている。

エヴァが使徒に負けたと思わせといて勝つ

•ミサトがシンジを明るくもてなしたと思わせて、それは芝居

•シンジの股間が見えると思わせて見えない

•風呂は命の洗濯というセリフのあとに風呂は嫌なことを思い出すというセリフ

 

 

人類補完計画という言葉がこの物語の広大さを意識させる。

 

零号機が殴ったまま停止しているシーンがある。ゲンドウを狙ったのか?

 

2話まで観て思い出した言葉がある。昔のゲーム雑誌の編集長の言葉。

ファイアーエムブレムをまだプレイしていない人は幸福だ。これから初めてプレイできるから」

エヴァをまだ観ていない人は幸福だ。これからエヴァを初めて観ることができるから。

エヴァを観返している。第1話

エヴァの舞台は2015年の夏だったか。

とっくに越えてしまっているわけですね。

作中携帯が全然普及していないところが(冒頭シンジがミサトに公衆電話してる)スマホの革新性、パラダイムシフトを印象付けます。

 

物語が始まってすぐ使徒が現れます。水中を移動する姿はシンゴジラを思い浮かばされます。(普通はシンゴジラを観てエヴァ1話を思い浮かばされるという、制作順からして)

一気に核心に迫るというか無駄を極力排除するのは物語導入部では大切ですね。ここでちんたらやってると鑑賞者は観るの止めちゃいます。

 

1話のタイトル画面が出るまでの流れは素晴らしい。この冒頭2分ぐらいのシーン、繰り返し観てる。気持ちいい。

 

公衆電話のシーンで綾波レイが一瞬映るけど、どういう意味だろう?

使徒、ATフィールドなどなど謎めいた概念も出てきて鑑賞者を引き込む。

 

第一話の内容を要約すると、大人達がよってたかって男子中学生を拉致監禁洗脳するっていう話ですね。

うまくシンジ君を誘い出して、飴を与えながらネルフに連れ込んで、罵倒したり罪悪感を植え付けさせて、大人がコントロールできるように洗脳していく話。

「批評」の最低条件

批評家東浩紀の言葉です。

批評が成立する最低条件について。

「先行する何かはどうなっているのか?それに欠けているのは何か?ゆえに欠けているものを埋めるために私はこれを論ずるのだ」というロジック。

もうひとつ。

「何かに対して、何かが云われている。そのことに対して私はこう言う。というメタ構造が必要」

何かに対して私は言う、だけでは、ただの感想。批評とはいえない。

つまり批評には下調べや知識という分厚い情報が詰まっていなくてはいけない。