sabion’s diary

自分を知るためのブログです。

いつか言いたい言葉

「絵のモデルになってくれませんか」

という言葉を見知らぬ他人に対して発するためには、その人を感動させる絵を描く自信がなければいけない。

 

「付き合ってください」は君を幸せにする自信があるから。

「任せてください」それを成し遂げる自信があるから。

 

その言葉を口にできるように、自信を積み上げていこう。自信とは小さな結果の積み重ねだ。

積み重ねていこう。

たくさんの、実のある絵を描いていこう。

停滞の日と、半年を振りかえる。

今年の目標のひとつにコンテンツを作る、ということを掲げた。

今年の半分が終わり、何を作れただろうか。

プライベートでは

「バーの絵」

「カラマでも漫画」

「スタバ貯金」

仕事では

「新しいランチ」

ぐらいか・・・パッと思い付くものは。

足りないなあ。

 

今年後半は

プライベートでは

「女性画をまた描く(新たなモデルを見つける)上達する」

「仮三分の一漫画のネタを積み重ねる(発表に向けて)」

「論文を書く(小説や映画にを題材に)」

「僕にしかできないアニメーションとは?模索」

ラカンに詳しくなる(作ることてはないが)」

 

仕事では

「新たなデザートメニュー生み出す」

「自分の接客理論を作る」

「経営知識を増やす」

 

停滞の日はこれを読み返そう。停滞とは余裕があるということだから。

わかりやすく「作った!」といえるものを作っていきたい。

 

少しでも上記のことに携わることをやれれば、充実感を得られて、いい気分になるのではないか。

 

有川浩著「阪急電車」と誤配

君の名は。の監督がアニメ化したらヒットするんじゃないかと思う。若い女性向けの小説である。

 

登場する男がさわやかすぎて、女性の願望まる出しで僕としてはリアリティに欠けるが、なるほど、こういう男になれば女から好かれるんだなと勉強にはなる。

 

僕なりの読後の感想はひとことでいえば「悪の効用」だ。

DV男と別れるために友人の兄の助けを借りて、その後その兄との恋が生まれたり、

迷惑なおばさん軍団がいたからこそ、ミサと翔子は出会い友人となる。

 

ムカつくやつの前で人間達は結束しやすくなる。これは現実社会で皆さんも経験があるのではないかと思う。

悪はただ悪で終わらない。なにかしらプレゼントを残してくれる。それこそ神から人間にセットされたプレゼントだと思う。救いがある。

 

 

 

 

 

 

十二人の怒れる男と密室劇に惹かれる理由

僕の知る限り密室劇の最高峰と思う。

後半失速する感はあるが、この作品に匹敵するものを他に知らない。

 

あらすじは

殺人事件の裁判後、死刑確実視の被告人の罪を判定するため、12人の陪審員が会議室で話し合う。全員一致で有罪の意見かと思いきや、1人だけ無罪を唱える男がいた。

そして彼の意見を聞く陪審員たちが、ひとり、またひとりと無罪に意見を変えていき最終的に全員一致で無罪判定へと終着するまでの話。

 

なぜ僕は密室劇が好きなのか?

密室劇は1つの場所で物語の全てが進行するというその定義からして、ほぼ登場人物の会話だけで成立している。

映像が代わり映えしないという制約を作ることによって、会話だけで鑑賞者の注意を引き続けるにはその内容に強力な魅力が必要となる。

 

どうやら僕は「会話だけで魅力ある物語を成立させている」ことが好きなようだ。

別の言い方をすると「限られた条件下で最大限の力を発揮する」こと。そこには優れたアイデアや入念な準備が必須。

僕が4コマ漫画を好きなのもそういうことだと思う。4つのコマしかないという条件下で、どれだけの表現ができるか。そこにはその人の才能が顕著に現れる。

 

つまりは、優れたアイデアに触れて閉じた目が開くような、世界の認識の仕方がブラッシュアップされる清々しい感覚を味わいたいからなのだ。

 

 

 

 

創作宣言

僕にできる創作は漫画だと思っている。

 

人々をわくわくさせ強い影響を与えるものを作りたい。

初期ドラクエのような没頭と熱狂と行列。

スト2やバーチャのような熱狂。

エヴァのようなシンクロ。

ダウンタウンのような圧倒と爆笑。

稲中のような先端性と爆笑。

 

僕が熱中したこれら創作物をモデルにして、その熱狂を再現したい、僕の描く漫画で。

作るぞ!

僕の好きな言葉、何度も

映画監督、小津安二郎

「どうでもいいことは流行に従う。重要なことは道徳に従う。芸術は自分に従う。」

水平方向への精神病理学、松本卓也

人間は基本的に「思い上がる」ものらしい。

神とか父とか権威的なものを志向する垂直方向への志向性。他方、隣人、共同体に属する仲間たち、世界に暮らす人々へと関心が向く水平方向への志向性がある。

この上と横への志向のバランスが取れていないと人は不調をきたすという。

 

分裂病の人間は、過度に垂直方向へ伸びている。分不相応の力があると思い込み現実にぶつかり墜落する。ここで病が発生する。

その治癒や予防には水平方向へ関心を向けさせることが必要性になる。平たく言えば、普通になること、凡庸や無力を受け入れること。