sabion’s diary

自分を知るためのブログです。

気にせず進め、心配しなくても君は勝手にたくさんの人から必要な影響を受けている

影響とは受動的なものであって能動的なものではない。

「この人の影響を受けよう」なんてことを思ってみてもただ自分が乱れるだけだ。

気づいたら影響を受けていた、人から言われて気づく、といった事後的なものだ。

 

「この人みたいになりたい」はいいが「この人の影響を受けよう」からは得られるものはなく無為である。

説明するとはレッテルを貼ること

説明するとは

言語化することであり、

物語化することであり、

レッテルを貼ることである。

 

上記の文章がすでに自己言及的である。

このことに自覚していないと思考が停滞し、発想が凡庸になるので、気を付けながらレッテルを貼らなければいけない。

 

カクテルグラスを割ってしまった。

大好きなbarで、手が滑ってグラスを落とし割ってしまった。高価なものを破損させてしまった罪悪感とマスターが長い間丁寧に扱っていたものを破損させてしまった罪悪感。

 交通事故を起こしてしまったときの感情と本質的に同じなんだろうと思った。

 最悪グラスや車は弁償できる。

だけどマスターがグラスに注いだ愛情(お気に入りかもしれないし、少なくともいつも丁寧に洗って拭いているのを見ている)や、人に傷をつけてしまったことは、完全にもとに戻すことはできない。

 

だからその損失を埋めるためには新しい何かを贈与するしかない。

 

そうして、すべての事は、前進していくのだと思う。

 失ったものはもとには戻せない。その埋め合わせは新たなものを与えるしかない

 

他にも気になることがある。

罪悪感についてです。

この罪悪感が重なり自分の許容を越えると、人は3つの選択を迫られる。

 

1.罪悪感に押し潰され自殺へ進む。

2.罪悪感に耐えられず感覚をマヒさせる。

3.罪悪感に耐えられず邪悪なものに自分の主体性を譲る。

 

長くなると思うので、この議論については次の機会に考えます。

 

20歳の内側

5の車輪

1の電話

1の電車

1の海と電波と桜並木

2のコーヒー

これら10のものたちは止まっている。

 

残りの動く10を4つに割ったとき見えてくるものとは?

大きな変化を求められている。

 

日記

行きつけのbarに飾ってある僕が描いたマスターの絵。

あるお客さんが絶賛して、自分の仕事中の写真を持ってきたら描いてもらえるかな、とマスターに話したらしい。描いてもらえると思いますよと、言っときましたとマスターは僕に話してくれた。

 

僕がbarにいるときは他のお客さんが僕の絵に言及している場面にはあまり遭遇しないが(たまにはある)、僕がいないときにちょくちょく話題に上がっているようだ。

もっとそういうことを想像してみようと思った。それは僕にやる気を起こさせる。

誰かの喜びを生み出せるなら、僕は創作していたい。さあ次の絵を構想し始めよう!

「希望」とは広義の意味で「子供」である。

中期的希望(来年中やること)

1.車を買う。

2.集大成漫画の3分の1を完成させ持ち込む。

3.誰かにモデルになってもらい美人画を描く。

 

長期的希望(再来年以降やること)

1.好きな人と結婚

2.集大成漫画を出版社、もしくは個人に買ってもらう。

3.美人画を描いてほしいという依頼が来るような状況にする。

長期的希望を成立させるために常に積み上げていくこと。

1.おもろい漫画を一個一個描く。

2.美人画を一個一個描く。

 

短期的希望(今年の残り月ごと)

9月 スタバgif、皆が喜ぶかぼちゃパフェ

10月 バーの新たな絵

11月 誰かの美人画

12月 東京旅行(スタバ漫画インパクト、ゲンロンカフェ11月になるかも)

 

ジェノベーゼレシピメモ

ジェノベーゼソース

 

バジル20g

松の実20g

くるみ15g

パルミジャーノ15g

オリーブ油100cc

塩コショウ 少々

にんにく 一片

 

パルミジャーノがちょっと安いものを使ったせいかコクがもうひとつだった。

次はしっかり料理本のレシピ見て作ろう!